1、適応障害とは何か再度見直してみた
無職となり、適応障害の療養も長引き、預貯金は減る中で、私は絶望のどん底といっても過言ではありませんでした。
そこで私は再度、適応障害とはなんぞやと見直してみることにしました。
その結果、
-気持ち(メンタル)
-腸内
-自律神経
完治というゴールを目指すのではなく上記の事をうまくコントロールしてうまくつきあって行く方法の方が現実的なのではと思いました。
医師や薬に頼らず、医師による治療は卒業し自分自身で以下の改善策や再発をしない為の対策を考えたり実行してみました。
すると除々にではありますが、兆しが見えてきました。
そして噛ませ犬のように自信がつくことにより、更に自信がつき、良い方向へ進みだしました。
(以下の方法は医学的な根拠はありません、あくまで私の個人的な改善策です)
2、試してみた改善策一覧
(順番は特に関係がありません)
改善策A:噛ませ犬
「何をやってもダメなヤツ」と言われ続けると最初は悔しさをバネに出来ても、精神的に負けてしまうとそのうちバネが機能しなくなり、「やっぱり自分は何をやってもダメで、のび太なんだ」と悪い意味で思い込んで自信を失ってしまうようになります。
また失敗を恐れるあまりに周りの上司や先輩たちの目や雰囲気を気にし過ぎ、緊張して萎縮してしまったり、ミスを繰り返してしまいます。
再度怒られたりすると更にミスをし、自身を無くしてしまうという負のスパイラルに陥ってしまいます。
あるとき上司Aも下請けのパワハラ課長も「この手の世界で一人前になるには早くても5年から10年かかるんだ」とボソっと言ったのが聞こえました。
それはまるで私が複雑な動作原理を理解できなかったり、要領が悪かったり、現場でのやり方を体で覚えていないというのもまだまだ無理もないだろうと暗示でもしているかの如くでした。
極端な話、小さなミスでもあまり気にしなくとも良いのではと思うのです。
むしろ必要なのはそんなことを気にしないくらいの図太いともいえるメンタルです。
上司や先輩たちも私が入社する前に散々ミスをしたり、怒られたり、叩かれたりしていたのでしょうから。
そしてもうひとつ大切なことは自信を持ち、自信を維持するということです。
これがメンタルを保つ上で非常に大切であることに気づきました。
噛ませ犬ではありませんが、小さなこと、簡単なことにチャレンジして成功したり継続させることで徐々に精神的に自信を付けてみました。
・過敏性腸症候群とイリボー
どんなことでも良いのですが、たとえば体力の維持やリハビリを兼ねて散歩をしようとしても、出かける前にトイレに何度も行ったり、急に下痢をしてしまったり、途中で大きい物を漏らしそうになることが頻繁にありました。
また、トイレを気にするあまり、不安が不安を呼ぶという負のスパイラルに陥ることも多々ありました。
ところがイリボーという過敏性腸症候群の薬を飲んでもダメな時はダメだったことや、今度はイリボーという薬に頼りきってしまうのも良くないと思い、イリボーよりも噛ませ犬と次に挙げる食事で精神的なゆとりや力をつけることにしました。
・改善策B:食事
外出をしようとすると不安障害から何度もトイレに行くことは既に述べました。
トイレに行く原因のひとつが腸であるとするならば食事により腸をうまくコントロールができないかというコンセプトです。
なるべく身近にあり、お手ごろ価格で値段も味的にも継続可能な発酵食品を取り入れています。
例として次の食品があります。
-納豆
-お酢
-キムチ
-米麹
-ヨーグルト
-酒粕
なかでもご飯をお酢で酢飯にし、その上に納豆をかけて酢飯納豆ご飯としても良いですし、さらにキムチを乗せても良く、楽しみながら腸内を整えることが出来るのではないかと思うのです。
これで自分が仕事をしているときも寝ている時も善玉菌に働いてもらうことが出来ます。
この考え方は投資の世界の不労所得に近いものがあります。
仕組みを作りそして利用することにより、その間に自分は他のことに専念できるわけですから。
酒粕を食べる事により、酒粕に含まれている菌を体内(腸内)に取り入れ、腸内フローラなど腸内バランスを整えてもらうのが狙いです。
なお、酒粕をヨーグルトに入れてもおいしいのですが、アルコール度数の表示は無いものの、私はお酒がダメなのですぐに酔ってしまいましたし、食べ過ぎると二日酔いとなってしまいました。
また酒粕といえど飲酒運転など乗車前は控えたほうが賢明でしょう。
全食品とも高価な商品ではなく、安いもので十二分です。
それよりも継続は力なり、この心がけが大切です。
→社会不適合カテゴリーの目次へ
→次のページへ
1、実家でも通院はしたが、、、
世の中結果が全てですが、通院をしてもあまり改善は見受けらず、ゴールが見えないので治らないのではという不安と預貯金的にも焦りが出てきました。
そんな中で頚椎症が悪化してしまったり、ちょっと近場に出かけてもパニック障害が出てしまうようになりました。
頚椎症やパニック障害の私の症状と対策は以下の通りです。
2、頚椎症
もともと頚椎症で通院して首の牽引など治療をしていたこともあったのですが、在職中にヘルメットの上からとはいうものの、大きな工具などで容赦なく叩かれたり、時にはヘルメットなしでも素手て上から頭を叩かれた為か、首の頚椎症が悪化してしまいました。
主な症状としては以下があります。
-首の圧迫感(上から下に押さえつけられるような)
-首の痛み
-首や肩のコリ
-ひどい時は目の奥の痛み(眼球を鷲づかみされるような)
病院での治療は次の通りです。
-理学療法による首の牽引
-痛み止め(耐性が出来るのか、だんだん効かなくなります)
-ビタミン剤(血流を良くします)
-胃薬(痛み止め薬から胃腸を保護するため)
-ロキソニン(湿布)
-コルセット/カラー(鞭打ちの人が使用している首輪)
顎をコルセットに乗せると頭の重みを軽減できるので、首の圧迫感や痛みが少し和らぎますが、常に使用していると首を支える筋肉が落ちてしまい、常にコルセットが必要な悪循環になりかねないので必要最低限の使用が望ましいと医師から助言を頂きました。
分散収入ライフをしているものの、まだアルバイトやパートタイマーとして外で働いていないので、適応障害などの諸症状とあわせ、痛みがひどい時は寝ています。
寝て起きると痛みが和らいでいるパターンも多いです。
もちろん世の中、私よりも痛くても外でフルタイムで働いている方も多々いると思いますし、どこまでが甘えかという問題もあります。
身近で出来る対策として継続的にしているのは次の通りです。
-首や体をストレッチして血流を良くする
-首や肩のマッサージ
-低周波治療器
-シャワーやお風呂で首や肩を温める
-低反発の枕を使う ※1
-肌触りが良く、通気性も良い手ぬぐいなどで首を温める ※2
-寝返りはなるべくしない ※3
-肩や首を考慮してリュックサックやバイクなどのヘルメットはあまり身に着けない
-ベッドではなく、なるべく薄い敷布団(煎餅布団)で寝る ※4
※1:あまりに痛みが激しいときは枕ではなくバスタオルだけにする。
※2:特に冬。
※3:変形した骨の位置がズレてしまう為。
※4:クッション性が高いと変形した骨の位置がズレて神経に当たり、電気のような痛みが伴い、ひどい時は痛み止めやロキソニンの湿布も効かず、呼吸で肺が動くだけで激痛がしていたので。
あまりにも痛みがひどく、治療をしても改善が出来ない場合は手術も改善策のひとつですが、→「分散収入ライフ」の方法を取り入れ、パートタイマーやアルバイトとして無理の無いように勤務をし、残りの時間で通院をしたり、自宅で副業などの収入源とすれば、痛みが激しいときは少し仮眠をすることも出来ます。
つまり完治よりも頚椎症を受け入れ、分散収入ライフなどでうまくつきあって行く方法もある訳です。
私は完治ではなく、これらの方法を選択しました。
3、頚椎症で一番つらい事
なお、コルセット(カラー)をしていれば外部から頚椎症であることがわかりますが、そうでないと家族ですらなかなか症状をわかってもらえません。
これが精神的な痛みであり、頚椎症の一番つらいところではないでしょうか。
→社会不適合カテゴリーの目次へ
→次のページへ
1、休職期間はあっとういう間に過ぎる
1ヶ月半ほど休職をしましたが、その間上司から健康を気遣うような連絡は一切ありませんでした。
それどころか診断書を見た役員からは「嘘をついているかもしれない、信用出来ない」とまで言われてしまいました。
もう私の事なんぞ信じてもいないし、どうでも良く、目障りなのでしょう。(被害妄想や思い込みは良くありませんが)
また同時期に他の方が休職した際はみんなで見舞金を支払うということでカンパがあったのですが、私の休職は例外なのか特に何もありませんでした。
(これとは別の互助会費用の徴収って何なのでしょうか、、、)
2、矛盾ともとれる就業規則
会社の就業規則上、休職は3ヶ月まで出来るが、1ヶ月前までに退職をしないと解雇となるというなんとも矛盾した旨の通知を受け、悩みましたが退職することとしました。
会社側はお抱えの社会保険労務士(社労士)の存在を外交カードのようにチラつかせ、
「社労士とも相談したが、キミの将来を考えると解雇は全力で避けなければならない。解雇よりも自己都合退職でゆっくり治療に専念した方が先の長い君には最善だろう」との事でした。
3、会社はなぜ自己都合退職にこだわるのか
会社側はいかにも私に気を使っているような立ち振る舞いでしたが、会社が気を使っていたのは実は会社に対してなのです。
解雇となると世間体や社内からも会社のイメージが悪くなるからです。
社労士がいるならば長時間労働なりパワハラは何なんだよ!とさすがにもうろうとした私の頭でも思いましたし、会社側は私のことよりも早いとこ目の上のコブは無くしたいと思っていたのは明白でした。
今思うとそのまま休職して2ヶ月と29日目のときにギリギリに判断しても良かったですし、そのまま解雇でも別に良かったと思います。
再就職の際に相手が納得できる合理的な説明さえ出来れば良いのですから。
4、冷静な判断など出来る精神的な余裕は無かった
しかし繰り返しますが当時の私にはもはやそのような冷静な判断は非常に難しかったです。
また不安障害からか過敏性腸症候群がひどく、外出しようと思うと3-5回はトイレに行き、下痢(食事中でしたらスミマセン)を繰り返す状態で、外出中には間に合わずに漏らしてしまうことも多々ありました。
イリボーという過敏性腸症候群の薬も飲んでいましたが、それでも外出の準備をしている段階でトイレに何度も行くので疲れて寝込んでしまう事も多々あり、通勤も難しいことは推測できたのです。
そして復職したとしても先輩や上司から助言などは今までどおり無いであろう事は明白でしたので自己都合退職をすることにし、療養に専念することにしました。
→社会不適合カテゴリーの目次へ
→次のページへ
1、診断の結果
日頃の疲れもあり、仮眠の後に内科に行ったのですが、急性胃腸炎ということで3-4日は休養が必要となりました。
(ちなみに当日は早退扱いではなく有給扱いでした)
私はてっきり医師の指示のもと、薬を飲んで安静にすれば治るだろうと思っていました。
ところが今振り返るとこれは数ヵ月後に発症する適応障害の予兆だったのかもしれません。
2、心身は叫んでいた?
これ以降、同様の症状は増してきて、今振り返るとそれはもう一人の私からの悲鳴とも受け取れるメッセージのようにも思えます。
実はこの前日にいつもと同様に早朝から現場に向かい下請けの職人さんと作業をしていたのですが、その職人さんも個性的というかクセがある方でどこまでが指導というものなのか私には最早わかりませんが、A4の分厚く重いバインダーで思いっきり頭を叩かれたのです。
(頚椎症で首が痛いということは伝えてあっても、そのような免罪符は意味が無く、容赦ありません。)
それは脳震とうを起こすくらいと言っても過言ではありませんでした。
他にもその日はほんの些細な事で「学校を出ているやつがなぜ中卒の俺に聞くんだ、仕事を馬鹿にしているんだろ!」
と物凄い剣幕で怒鳴られ叩かれることもあったので、さすがにそれは言い返しました。
なぜならいくらなんでも一方的過ぎたからです。
そして指導には指導の仕方、あるいは範疇というのもがあります。
3、上司ならば何をしても許されるのか?
上司や先輩は何をしても許されるそれこそ免罪符か何かを持っているのでしょうか?
新入社員といえど、私は奴隷でも何でもなく、法治国家で生活をしている社会人のひとり、会社員のひとりなのです。
こちらに非も無いのにあまりにも一方的に怒られる筋合いはありません。
そのときはかなりガンガンと言われました。
こちらもさすがに言い返してやりました。
むこうは一向に引きませんでしたが、一緒にいた課長はなぜか私を止めたのでした。
「お前黙って聞いていればいればいい加減にしろよ」と。
4、リストラ候補だった課長
なぜ課長はその職人さんをなだめなかったのかというと、
この課長はもともと営業をやっていて50台の半ばにして未経験のエンジニアへと転属となってきた方でした。
原理や現場でのやりかたなどまったく理解しておらず、客先から怒鳴られたことすらあったのです。
ですから、仕事が出来ない課長にとって損得勘定でどっち側についた方が得なのか判断をしたであろうことは明白でした。
5、根拠の無い暴言
職人Cからも「お前は裏切り者だ!俺たちを裏切ったんだ!こいつは裏切り者だ!嘘つきだ!」
と訳のわからないことで罵声と思いっきり叩かれました。
客観的に見ると、もしかしたら私の気づかないところで至らない言動があったのかもしれません。
要領も悪くセンスが無いのかもしれません。
しかし少なくとも今回は思い当たる節がありません。
さすがにそんなことをいつも言われるのは理不尽にも程があるので「裏切り者とはどういうことなのでしょうか?」と毅然とした態度で正々堂々と聞いてみました。
すると「おまえみてぇなバカには説明してもわからねぇよ」と叩かれたのですが、何故か話をすり替えてしまっているのです。
つまり私は裏切り者でも嘘つきでも無く、根拠が無いそのときのご機嫌次第だったのです。
もちろん相手は反抗をした、たて突き、宣戦布告をしたと受け取るでしょうからそれ以降何も教えてくれないことはこちらも承知の上です。
でもそれはもともと何も教えてなんぞくれなかったので結局どっちにころんでも同じだったのです。
この頃には独学で勉強していた原理が現場でも役に立ってきて、現場での対応も少しずつ自分で出来るようになってきました。
場合によっては少し自信も付いてきて、ベテランの職人よりも動作原理などには精通するようになりました。
それ故にあえて「たて突いてみた」ところもあります。
さすがに相手の言いたい放題、やりたい放題というのはどうかと思いますしからね。
こちらは生身の人間ですし、サンドバッグではありません!!!!
一方で元営業部の課長は相変わらず現場での仕事がまったくダメで新入社員の私に聞くくらいでした。
もっともこの課長も半ばリストラ候補社員だったのでしょう。
その年齢で未経験で畑違いの職種に転属となったのは、いやならば退職しろという暗示だったのでしょう。
6、折れたバネと労働の意味
もしかしたら既にその日、目に見えない私の心のバネは悔しさを反発するどころか、折れてしまっていたのかもしれません。
そしてもう行くのが嫌だと、、、
翌日(冒頭の)の極度かつ頻発する下痢はもしかしたらこうした精神的なことが影響しいたのかもしれません。
その日を境に、どんなに世の中の為になる仕事であっても、朝も早くから休みもほとんど無く働くことの意味や、暴力や暴言の状況下で働いていることの意味を自問自答するようになりました。
現代版の奴隷に過ぎないのではないだろうかと。(今は社畜という言葉がありますが)
→社会不適合の目次へ
→次のページへ
1、早朝に極度の下痢
本格的に適応障害を発病する数ヶ月前にいつものように早朝5時頃集合場所に着くように向かっていたところ、急にものすごい腹痛が起こり、慌ててコンビニのトイレを借りました。
ものすごい下痢(食事中でしたらスミマセン)だったのですが、それでも何とか現場に向かったのです。
なるべく会社を休みたくも無いですし、それよりも早く仕事を覚えたかったのです。
ところが途中で再度腹痛が起こり、どうしようもなかったので、途中でまたコンビニのトイレを借りました。
それこそ断腸の思いで、最早現場に行くのは無理だと判断し、同行していた先輩たちに報告してその日は私は休んで病院に行くことになりました。
2、現場ばかりで溜まっていた報告書
ちなみに上司に連絡をしてみたところ、以前に「むしろお前から○○さん、これやらせてくださいよって言えるようにならなきゃダメだ!」
と言われたことと、現場現場で報告書が進んでいなかったことが脳裏に浮かびました。
そこで、体調不良で現場に行くことは非常に難しいが、トイレも近いので事務所での報告書ならば作成できるのでやらせて頂けないかと申し出てみたところ、
「そんなことオメーの言うことじゃねーだろ、このバカ野郎!」と電話越しに怒鳴られてしまいました。
上司は以前、上記のようなことを言っていましたが、きっと今回は私の提案の仕方が悪かったのでしょう。
それとも答えはあって無いようなもので、そのときの上司のご機嫌次第だったのかもしれませんが。
→社会不適合カテゴリーの目次へ
→次のページへ
1、上司との出会いが全てのはじまり
どうして適応障害を発病したのか、発病までの経緯をさかのぼってみることにします。
私は学校を卒業し、とある小さなエンジニアリングの会社に入りました。(それでも一応上場企業の子会社なのですが)
エンジニアリングやエンジニアというと聞こえは良いですし、そもそもどんな仕事も仕事なのですが、そのエンジニアというのは言い換えるならば職人です。
しかし私の職場では良い意味での仕事に誇りを持った職人ではなく、陰湿というか悪い意味での職人の弊害的な要素が大きかったのです。
そこでの最初の上司Aがかなり”個性的”でした。
事の発端は全てここから始まり、悪夢の始まりだったといっても過言ではないでしょう。
この運命とも言うべき出会いが今後数年近く私の心身の不良に追い込むことにつながります。
上司Aの態度は会社内でも取引先でも下請けの間でも有名だったことを後から知りました。
つまり会社の経営層の役員達もAの人間性に問題があることは把握していたのです。
2、会社は上司を辞めさせない理由があった
詳しくは後述しますが、あることを理由に半ば目をつぶって泳がしていたのです。
兎に角、ことのあるごとに頭を叩かれ、それは人間サンドバッグといっても過言ではなく、罵声(怒鳴る)や暴言を他の社員や下請けの前でも容赦なく浴びせられました。
ヘルメットを被っていたとしても40-50センチくらいの工具で思いっきり叩かれたり、蹴られたりは「日常業務」の範囲でした。
今振り返ると、よくヘルメットが割れなかったと思うくらいでした。
蹴られたり叩かれた後に捨てセリフと言わんばかりによく「悔しかったらくやしさをバネにしろ」と言われました。
もっともバネにも限度があって、ある程度までは悔しさをバネに出来るでしょう。
ところが超えてはいけない一線を越えたレベルの負荷だと、バネは反発して戻るどころか折れて壊れちゃうんですよね。
設備のメンテナンス、つまり機械というのは割と精密な部分もあるのですが、それ以上に精密なのは実は人間なんです。
そして機械と違うのは部品の交換では済まなく、特に精神的な「故障」となってしまった場合は「修理」にとても時間や治療費やその間の生活費というお金が必要となります。
また治らずに「スクラップ」という「廃人間」と化してしまう可能性すらあるわけです。
3、社員が一人前になるには時間と経費が必要
企業としても新しく従業員を雇い、教育をして一人前に仕事が出来るまでには再度時間と経費を費やす事になる訳です。
もっとも経験者を中途で雇い、即戦力とする採用方法もあるでしょう。
しかし、経験者は業界内のネットワークや口コミなどで他社のことでも情報が入ってきたり過酷な労働環境の割には激安な給料からも異業種への転職が多いようです。
人が育たない風土(本人にセンスが無いのは別として)、あるいは問題社員(問題児)がいる会社というのは結局のところ会社にとってマイナス以外の何者でもないです。
→社会不適合の目次へ戻る
→次のページ「適応障害発病までの経緯2」へ進む