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2017年3月26日日曜日

既に心身は悲鳴を上げていた

1、診断の結果

日頃の疲れもあり、仮眠の後に内科に行ったのですが、急性胃腸炎ということで3-4日は休養が必要となりました。
(ちなみに当日は早退扱いではなく有給扱いでした)
私はてっきり医師の指示のもと、薬を飲んで安静にすれば治るだろうと思っていました。
ところが今振り返るとこれは数ヵ月後に発症する適応障害の予兆だったのかもしれません。


2、心身は叫んでいた?

これ以降、同様の症状は増してきて、今振り返るとそれはもう一人の私からの悲鳴とも受け取れるメッセージのようにも思えます。
実はこの前日にいつもと同様に早朝から現場に向かい下請けの職人さんと作業をしていたのですが、その職人さんも個性的というかクセがある方でどこまでが指導というものなのか私には最早わかりませんが、A4の分厚く重いバインダーで思いっきり頭を叩かれたのです。
(頚椎症で首が痛いということは伝えてあっても、そのような免罪符は意味が無く、容赦ありません。)
それは脳震とうを起こすくらいと言っても過言ではありませんでした。

他にもその日はほんの些細な事で「学校を出ているやつがなぜ中卒の俺に聞くんだ、仕事を馬鹿にしているんだろ!」
と物凄い剣幕で怒鳴られ叩かれることもあったので、さすがにそれは言い返しました。
なぜならいくらなんでも一方的過ぎたからです。
そして指導には指導の仕方、あるいは範疇というのもがあります。


3、上司ならば何をしても許されるのか?

上司や先輩は何をしても許されるそれこそ免罪符か何かを持っているのでしょうか?
新入社員といえど、私は奴隷でも何でもなく、法治国家で生活をしている社会人のひとり、会社員のひとりなのです。
こちらに非も無いのにあまりにも一方的に怒られる筋合いはありません。
そのときはかなりガンガンと言われました。
こちらもさすがに言い返してやりました。
むこうは一向に引きませんでしたが、一緒にいた課長はなぜか私を止めたのでした。
「お前黙って聞いていればいればいい加減にしろよ」と。


4、リストラ候補だった課長

なぜ課長はその職人さんをなだめなかったのかというと、
この課長はもともと営業をやっていて50台の半ばにして未経験のエンジニアへと転属となってきた方でした。
原理や現場でのやりかたなどまったく理解しておらず、客先から怒鳴られたことすらあったのです。
ですから、仕事が出来ない課長にとって損得勘定でどっち側についた方が得なのか判断をしたであろうことは明白でした。


5、根拠の無い暴言

職人Cからも「お前は裏切り者だ!俺たちを裏切ったんだ!こいつは裏切り者だ!嘘つきだ!」
と訳のわからないことで罵声と思いっきり叩かれました。
客観的に見ると、もしかしたら私の気づかないところで至らない言動があったのかもしれません。
要領も悪くセンスが無いのかもしれません。
しかし少なくとも今回は思い当たる節がありません。

さすがにそんなことをいつも言われるのは理不尽にも程があるので「裏切り者とはどういうことなのでしょうか?」と毅然とした態度で正々堂々と聞いてみました。
すると「おまえみてぇなバカには説明してもわからねぇよ」と叩かれたのですが、何故か話をすり替えてしまっているのです。
つまり私は裏切り者でも嘘つきでも無く、根拠が無いそのときのご機嫌次第だったのです。

もちろん相手は反抗をした、たて突き、宣戦布告をしたと受け取るでしょうからそれ以降何も教えてくれないことはこちらも承知の上です。
でもそれはもともと何も教えてなんぞくれなかったので結局どっちにころんでも同じだったのです。
この頃には独学で勉強していた原理が現場でも役に立ってきて、現場での対応も少しずつ自分で出来るようになってきました。
場合によっては少し自信も付いてきて、ベテランの職人よりも動作原理などには精通するようになりました。
それ故にあえて「たて突いてみた」ところもあります。

さすがに相手の言いたい放題、やりたい放題というのはどうかと思いますしからね。
こちらは生身の人間ですし、サンドバッグではありません!!!!
一方で元営業部の課長は相変わらず現場での仕事がまったくダメで新入社員の私に聞くくらいでした。
もっともこの課長も半ばリストラ候補社員だったのでしょう。
その年齢で未経験で畑違いの職種に転属となったのは、いやならば退職しろという暗示だったのでしょう。


6、折れたバネと労働の意味

もしかしたら既にその日、目に見えない私の心のバネは悔しさを反発するどころか、折れてしまっていたのかもしれません。
そしてもう行くのが嫌だと、、、
翌日(冒頭の)の極度かつ頻発する下痢はもしかしたらこうした精神的なことが影響しいたのかもしれません。

その日を境に、どんなに世の中の為になる仕事であっても、朝も早くから休みもほとんど無く働くことの意味や、暴力や暴言の状況下で働いていることの意味を自問自答するようになりました。
現代版の奴隷に過ぎないのではないだろうかと。(今は社畜という言葉がありますが)